旅するナマケモノ

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スリランカってどんな国?

 

前回の記事から、随分と間が空いてしましまいましたが、最近始めたYOUTUBETWITTERINSTAGRAMを通して考えを整理して、アウトプットしてみるというのが、最近楽しくなって来たので、そろそろ何か書いてみようかと、筆を取ったわけです。

 

5ヶ月のスリランカ滞在、観光とお試し移住をして来たので、私のおすすめのスポットをご紹介したいと思ったのですが、スリランカってどんな国か書いたら長くなってしまいました。

 

ところで、スリランカってどんな国?

 

インドの南東に浮かぶ、北海道より少し小さい国です。「インド洋に浮かぶ真珠」なんて言われています。宝石の産地でもあることを取り入れていて、とっても素敵なネーミングだなと思います。

人口2200万人の国です。

 

スリランカで発見されている、最も古い人類遺跡は38,000年前と言われているようです。

紀元前3世紀には、仏教が伝来。古い歴史を持った国です。

その後、多数の王朝がアヌダーラプラ時代から、キャンディー時代までを統治していました。

アヌラーダプラ

 

16世紀以降、ポルトガル、オランダ、イギリスが沿岸地域を管理し始め、最初はポルトガルがかなりの領域で力を発揮していたが、80年戦争に伴うオランダの侵入でポルトガルは追い出され、1815年キャンディー戦争を経て、イギリスが統治することとなった。

 

スリランカのポロンナルワ遺跡を見に行った時に、なんだか違う人種がいるなと思っていたのです。

アフリカ人に近い顔をした人がいるなと。そこで調べてみると、ポルトガル時代に、ポルトガルの植民地であった、アフリカのモザンビークから奴隷を連れてきたという記述を目にして納得したことがあります。もちろん、イギリス人に紅茶産業のために、連れられてきたタミル人(インド人)もいます。(国民の16%メインはシンハラ人75%)

こうして、今につながる歴史を発見すると面白いです。

 

オランダ統治時代の街並みが残るゴール

 

イギリスに対して1818年にウバ反乱、1848年にマータレー反乱という2度の武装蜂起が発生しましたが、最終的に1948年に独立が認められました。

 

スリランカ人と話ていて、日本人だとわかると時々この話をされます。

 

以下、ジャヤワルダナ大統領の演説を抜粋して紹介します。

「何故アジアの諸国民は、日本は自由であるべきだと切望するのでしょうか。それは我々の日本との永年に亘るかかわり合いの故であり、又アジア諸国民が日本に対して持っていた高い尊敬の故であり、日本がアジア緒国民の中でただ一人強く自由であった時、我々は日本を保護者として又友人として仰いでいた時に、日本に対して抱いていた高い尊敬の為でもあります」

「人はただ愛によってのみ憎しみを越えられる。人は憎しみによっては憎しみを越えられない。実にこの世においては怨みに報いるに怨みを以てしたならば、ついに怨みの恩むことがない」

この演説によって戦勝国は日本占領に対する考えを変え、日本は分割されずに済みました。

第二次世界大戦敗戦後の1951年サンフランシスコ講和会議。戦争に勝ったアメリカ、イギリス、ソ連、中国によって作られた「日本分割占領案」により、日本は4地域に分割される予定でした。それが、植民地化されずに済んだ要因の一つとなったというお話。

 

久しぶりに読んでも、いい演説です。

 

スリランカのハイビスカス

 

その後もスリランカは、1972年までイギリスの領土として英連邦に留まった。

 

1972年にスリランカは共和制に移行し、

1978年大統領を国家元首とする憲法が定められました。

1983年にスリランカ政府と、タミル解放の虎(LTTE)による民族対立による内戦が始まりました。

2009年スリランカ政府軍がLTTE支配地域を制圧して、26年にわたる内戦は終結しました。

 

 

 

 

私が初めてスリランカを訪れたのは、2009年内戦が終わろうとしている年でした。

コロンボの街を歩くと、所々にコンクリートのブロックで作られた見張り小屋があり、やる気のなさそうな兵士達がぶらぶらと国を守っていました。

 

その時は、キャンディー→ヌワラエリア→マタラ→ウナワトゥナ→ゴール→コロンボといった、観光客ルートで旅をしました。

それでも、移動途中は兵士による検問があって、バスを止められ、荷物チェックを受けたりと多少の不便はありましたが、割と普通に旅が出来ました。

 

キャンディーの佛歯寺

 

やっと独立を果たし、2019年に外国人旅行者のバイブル、ロンリープラネットが選ぶ、訪れたい国ナンバーワンに選ばれたのです。中国人とロシア人の旅行者が大勢詰めかけたそうです。これで、もっともっと観光客が来るぞとホテル作ったり、レストラン作ったりし始めている人もいました。

 

ところが、平和が続くといつかは何か起きるはずで、コロナで観光客は激減。

そして、色んな要因で経済破綻。

 

 

スリランカはインフラ整備を進めるため借金を繰り返し、対外債務の残高は2021年末の時点で507億ドル(日本円でおよそ7兆円)に膨らんでいます。

新型コロナウイルスの影響による観光客の激減なども重なり、深刻な外貨不足に陥りました。

また、ロシアによるウクライナ侵攻で原油価格が高騰する中、外貨不足で輸入が滞り、ガソリンなどの燃料費も高騰。食品や医薬品などの生活必需品の輸入も滞るようになっています。

こうした経済危機の根本的な原因は財政運営や農業政策の失敗、それに汚職にあるとしてラジャパクサ政権に対する不満が高まっていました。

NHK国際ニュースナビより引用

 

 

コロナがなければ、うまく行っていたかもしれないし、おまけにロシアとウクライナの戦争なんて多くの人にとって予想外の出来事だったのではないだろうか?

 

停電の時に暇だからお話ししよって、色々話したベネシア

 

とにかく今、スリランカ人と政治の話になると、大統領が代わり少しずつ変わり始めていると評価する人もいるし、結局前の大統領と今の大統領は繋がっているから、何も変わっていないという人もいるといった2つの意見があるように感じにました。

 

今は、海外からの物資は手に入れにくいし、停電があったり、ガスやガソリンが手に入りにくいとか、不便なことがある時代を生きていると感じました。ただ、不便になれているのと、仏教からくる清貧を美徳とするところもあると思うので、穏やかにのんびりと暮らしているなと感じます。

 

南国で、海で魚は取れるし、庭にはフルーツや、野菜が取れるし、食べることには困っていないこともあるかもしれません。シーズンによっては、暑すぎて何もしたくないなんて思います。

 

 

暑さで思い出しました。スリランカはベストシーズンに訪れるべき場所です。

2度目に訪れた、アルガムベイは酷暑で何もしたくなかったです。

 

 

ただ、地域によって気候が全然違うので、休みに合わせたベストシーズンの場所を選ぶのがいいかもしれません。

 

少し長くなってきましたので、今日はこの辺で。

こんなブログですが、スリランカに、興味を持ってもらえるキッカケになったら嬉しいです。